愛の贈りもの

シモン
キャンドルライトサービス宣教 ヨハネ3章16節 

「ひとりのみどりごが、わたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちのために与えられた。権威が彼の肩にある。その名は驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられる。イザヤ9章5節は、神が遣わされる「救い主メシアが来られる」という旧約聖書時代の預言者イザヤを通して語られたみ言葉です。幼子として弱々しい小さな赤ん坊、人間の子どもとして来られる救い主が、世のすべての人の贖いのみ業をその肩に担われるとイザヤは預言したのです。
新約聖書ヨハネ3章16節は、まさにその預言が現実のものとなったことが記されているのであります。時満ちて「神は、全世界に救いの道を開きたもう御独り子なるイエスさまをこの世に与えてくださった」。これがクリスマス・救い主の降誕のメッセージであります。御独り子・イエスさまご自身が、まさにみ神の愛の贈りものなのであります。

① 「救い主の降誕の知らせを聞いて迎えた人たち」
最初の救い主の降誕の折、世の人々はその知らせに殆ど無関心でした。現代ではクリスマスは世界で祝われるようになっていますが。けれどもクリスマスという言葉だけが先行し、単なるお祭り行事となり、ある意味、昔も今も救い主について無関心である世の中に変わりないといえます。
聖書は降誕の地ベツレヘムという本来静かな田舎町は住民登録をするためにやって来た人々で賑わい、救い主を身ごもったマリアらが泊る宿すらなかったと伝えます。このことはせわしなく、慌ただしく世の事柄に追われて、神の救いを拒み無関心である世の人達の心の状態を表しているといえましょう。
しかし驚いたことに、救い主の降誕を驚きと喜びをもって迎えた人たちがいました。名もなき羊飼いと東の星を研究していた学者たちです。

羊飼いたちは、御使い(天使)たちの出現を非常に驚き恐れました。それは神さまに対する畏敬の念を表しています。「自分たちには恐れ多いもの、神の栄光の出現に値する価値がない」という恐れのうちに救い主の降誕の知らせを聞いたのです。新約聖書時代の羊飼いは、旧約時代とは異なりとても貧しい人たちの仕事でした。
昼も夜もなく働き、ユダヤの重要な戒律である安息日も羊の番をしなければならなかったことゆえに、ユダヤ社会から蔑視や偏見を受けていたのであります。羊飼いたちはどこかで安息日を守ることができないことへの神に対する畏れをもっていたことでしょう。
人々から嫌がられるような仕事であり、神から愛される資格さえ持ち得ない者であるかのように自らを呻きつつ、救いを渇望していたことでしょう。しかしみ神は救い主のご降誕を知らせるため、この砕かれた魂のもとへ天使をお遣わしになったのです。

この羊飼いたちが、天使が現れて告げた救い主の降誕の知らせを、信仰によって受け入れ、救い主を迎えていくのであります。彼らは喜びに満ちながら、お生まれになった救い主を礼拝するために、暗く険しい山や谷を越えてベツレヘムへと向かいます。
それだけではありません、救い主を目の当たりにし礼拝した彼らは、「救い主が私たちのところに来てくださった。いと高き方であられるのに、家畜小屋で飼い葉桶にくるまれて幼子の姿で、こんなにまで私の近くに、ここに、お出でくださった」その喜び・福音を人々にも知らせたのです。彼らこそ魂のドン底から救い主を待ち望んでいた人たちでした。

又、同じく幼子イエスさまを礼拝した占星術の学者たちは、今で言えば星を研究する天文学者でした。彼らは異邦人でありながら旧約聖書に約束された救いの王メシヤがやがて来られる日を待ちわびている人たちでした。その証拠に、救い主の誕生を告げる星の出現に彼らはいてもたってもいられず、随分遠い異国の地にいたにも拘わらず、メシア・救い主に会うためにベツレヘムに向かうのであります。まことの救い主にお会いし礼拝するために遥々遠い異国の地より山や川を越え、危険も顧みず時間と労力を費やしてやって来たのです。
それだけではありません。彼らはそれぞれ自分たちの最も大切な宝物を救い主にささげたのです。羊飼いたちは、救い主がお生まれくださった福音を人々に伝え分かち合いました。そして学者たちは自分たちの宝ものを持って全世界の人々と喜びを分かち合ったのです。

② 「私たちのクリスマス」
今日、私たちは神のみ言葉を通して、救い主イエス・キリストの降誕の知らせを聞きました。クリスマス;それは神さまが、私たち人間を罪の滅びから救うために最も大事な独り子イエスさまを「メシヤ・救い主」として人類にお与えになったその記念の日であります。
それは人には喜び、楽しみとなる日であり、神さまには生みの苦しみの日でありました。なぜなら本当の救いは、その御独り子イエスさまが私たちの罪を贖うために十字架で血を流し、肉を裂いて死んでくださることによって完成されるからです。私たちが永遠の命に生きるために、神さまがそれ程までの犠牲を払い、この世のどんなものより高価で尊い「愛の贈りもの」を与えてくださった。それがクリスマスであります。

今年もクリスマスが訪れましたが。救い主イエス・キリストは救いを本当に必要とするすべての人々のもとに、世を照らすまことの光としておいで下さるのであります。
ここに招かれ、導かれた皆様はきっと今日のクリスマスのみ言葉のメッセージを受け取って戴けると信じます。ぜひ、神の独り子イエス・キリストを救い主として迎え入れて、新しい人生をここから始めて戴きたいと心からお勧めいたします。まことの光を灯された人は、そのともし火を分かち合うべく感謝と隣人へと遣わされます。

最後に、今年もこのキャンドルライトサービスの席上献金をすべて、目のご不自由な方が読める点字聖書を作製している日本聖書協会や滋賀県にあります知的しょうがい者施設止揚学園へ、そして野宿生活を余儀なくされている方々を支援している釜ケキリスト教共友会へ贈ります。
昨年1月~2月まで毎週金曜日にその釜ケ崎キリスト教協友会が主催する越冬の夜回りに参加したのがきっかけで、毎月一度、これは主に路上生活者で持病や残してきた家族のこと、仕事や人間関係などの問題を抱えながらも相談に行くところのない方がたの何らかのお手伝いができたらと細々と関わらせていただいています。どうか、ご理解とご協力をお願いいたします。

すべての人々に与えられた神さまからの愛の贈りもの。今日受け取りましょう。そして喜びを分かち合いましょう。「栄光がいと高き天にありますように、地には平和が、主の救いを必要とするすべての人々のうえにありますように。」メリークリスマス!